神気界について

ABOUT SINKIKAI

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神気界とは

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当「神気界」は二代目霊能者である皇導<コウドウ>が主宰する霊能鑑定所であり、現在は愛知県名古屋市中村区の自宅兼事務所にて日々鑑定を行っております。鑑定実績は初代がおよそ15,000件、二代目である私のみで13,000件以上あり、一切の道具を用いずチャネリングおよび霊視を用いた霊能占術と、一子相伝の「神気」を用いた上位気功を行い、密教術や霊能による除霊、更には密教秘術と「神気」を組み合わせた祈祷と神道系の祈祷を行っており、全ての人の全ての悩みに全方位から対応する事が可能です。本来は初代の頃の一部の期間を除いて完全紹介制にて鑑定を行っておりましたが、この2015年頃のウェブサイト開設によって、より多くの方の悩み出会い寄り添い、解決へお力添えする機会を設けました。世の中には「霊能者本人に霊が取り憑いているのに、なぜか人を除霊しますと言い張っている霊能者」や「偽物の自覚がある偽霊能者」、更にはおおよそ力のない霊能者らがおよそ98%を占め、彼等によって無駄にリピーターにさせられ、悩みや症状をより深くさせられる被害が増えております。当神気界は多数の解決実績を誇る本物の霊能者により二代に渡り23年間続いており、一度の鑑定で全ての悩みを解決する事を第一目標として掲げ、ご鑑定差し上げております。

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神気界の成り立ちと初代 皇導

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神気界を説明するには、二代目である私の実の父
今は亡き初代の皇導<コウドウ>の事を説明しなければなりません。
初代皇導は臨死体験を二度経験し、以来周囲が身震いするほどに直感力が鋭い人物でありました。
1993年頃、秋田県にて教育関係の会社経営者であった初代のもとに、ある夜、目もくらむような光が降り立ち、その光は神を名乗り「あなたに力と、私の分身を授けます。これから人を救い導きなさい。」と話したと伝え聞いております。 そして1994年頃にメディアで気功師や霊能者の露出が増えた頃の事です。
初代の会社の若い女性社員が偏頭痛に苦しんでおり、それを何とかしてあげたいと思った初代はその女性の頭に手を当て気功の真似をしてみたところ、瞬時に頭痛が解消されたと言います。
それ以降、他の社員達の悩みを次々と癒すと、その話を聞きつけた社員の家族が初代のもとを訪れ、その方々をも癒やすと次はその友人が、知人がと噂が広まり本業を圧迫するほどに気功の依頼が増え、広々とした事務所を半分に区切り、
神気界の前身である「ヒーリングアルファ」という看板を掲げ活動をしておりました。

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その後、評判を聞き付けた「ムー」という老舗スピリチュアル雑誌の方がプロのヒーラーを引き連れインタビューに来られ「全世界で三指に入る至高のヒーラーである」と評し、紙面掲載されるやいなや事務所の前には連日営業時間前から長蛇の列ができ、更には地元情報誌でも頻繁に紹介され、多忙な日々を送ったと聞いています。
その中でオーラや気のチャンネルを視覚的に見る事ができる「チャクラリーディング」とそのチューニングの専門家であるスピリチュアルカウンセラーの嶋田氏と、人の背中を集中して視ると臓器まで透けて見え悪い,部分等々が視覚的に詳細に見透せる「人間レントゲン」の異名を持つ塩谷氏と出会い、初代の力に惚れ込んだ両名と共に沢山の方々を次々と癒やしていき、件数を追うごとにより現代医学では対処不可能な根深い問題をも短期解決できるようになったと言います。

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しかしそこで初代は壁にぶつかります。
それは相談者の中に「気の通りにくい人」が一定数存在している事と、その原因や差が分からないという事でした。
「気が通りにくい」という事は対処するにしても効率が悪く、無理矢理にエネルギーを通すために初代の消耗が激しいとの事でした。そして同時期に知り合いづてに四国に住む真言密教の高僧と出会い相談をしたところ「霊的な影響、霊障によって気が通りにくいのだろう」という事と「運気や心身の悪い状態は霊障から生じる場合も多い」という事を教えられました。初代はその高僧に「不動明王降神術(ふどうみょうおうおりがみのすべ)」という、人の身に密教の不動明王そのものを降ろし霊そのものを縛り付け降伏させ、仏力と自力を用いて成仏させるという強力な密教術と、同時に「大元帥明王降神術(たいげんみょうおうおりがみのすべ)」という、本来、対幽霊ではなく対「敵国」に対して用いられたとされる、霊的存在やその他の破壊と必勝祈祷に用いられる、現代においても完全に秘匿された究極の密教法を習得しました。同時に対幽霊への霊視や霊感による鑑定も可能になり、それにより初代には気功師と霊能師を兼ねる形により概ね解決できない案件が無くなり、霊能力者というよりも、いつしか全てを叶える現人神であるとして讃えられるようになりました。また、周囲に実力のある神道系霊能者が増え、そのうち複数から「月讀命(ツクヨミノミコト)」という日本神話上の神の半身をその身に宿していると言われ、冒頭に書き記した神の正体と自らの力の根源を改めて知る事になったのです。

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しかし、1998年頃に初代が信奉する通称「拝むおばあちゃん」という、当時90歳近い霊能者より神託が有ります。「天から与えられた役割にせよ、苦しむはず、死ぬはずの人を生かし治してきた事で生じた業は避けられん。あなたは1年以内に死ぬだろう。寿命はまっとうできんが、多少でも生きながらえたければ東北から出て南へ向かう事だ」と言われ、「ヒーリングアルファ」と教育関係の会社をたたみ、全ての相談者に惜しまれながらも旧友を頼りに遠く離れた岐阜県へと移り住みました。初代は人の悩みや苦しみ、病や死への結果をおよそ1万5000件に渡り改善の方向へとねじ曲げて来たのですが、人の運命そのものをプラスに好転させる事により、自らの運命が逆に悪転する「業」を背負い続けていたのです。今から思えば、それは目の前の人を全力で救うために自己犠牲をいとわない初代が、あえて望んで背負っていたものではないかと、私は考えます。その頃より岐阜や名古屋の地にて「神気界」という看板を掲げ活動しており、かつてのような栄華は誇らずとも日夜鑑定を続け、魂を削りながらも多くの人を救い続け、初代皇導は2010年5月、不慮の事故によりその生涯の幕を閉じました。それにより、神気界は一度世の中から姿を消しました。

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二代目 皇導への変遷

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二代目である私は当時までで初代より気功や除霊の技の多くを継承していたのですが、初代は生前私に対してこの仕事による多大なリスクを説き、幾つかの会社を渡り歩いた末、知人達と経営を行っておりました。
葬儀の折、初代の相談者様から「二代目先生は継がないんですか」と聞かれ、気功や除霊の力は継承していたものの、初代の持つ気功や除霊の遙か高みの力を間近で見てきた私には到底初代の代わりなど出来ないのだと、その時は「時期が来ましたら…」と、言葉を濁すしか有りませんでした。
それでもごく一部の相談者様は私を強く頼って下さり、私もそれに応えようと必死に研鑽と鑑定による実践を重ねました。
先代は鑑定に道具を必要としなかったため、手元には一冊の巻物と傷んだスウェードのアタッシュケース、それと下の写真にある木製の看板しか有りませんでした。
その当時、何度初代が生きていたらと考えた事でしょうか。
自身の力しか頼るものがない中、少しずつですが、初代のように人を癒やすことが出来てきたという実感が有りました。
その時、父の代からのお付き合いで根深い痛みを抱え、数ヶ月に一度気功のご用向きで定期的に鑑定を依頼して下さるお客様から、「息子先生も先代先生と全く変わりなく、私の痛みを治せていますよ」というお言葉を頂き、その時に私はこの霊能の仕事を私なりに進もうと決意し、「神気界」の名刺を作り、二代目皇導を名乗ることを決意したのです。

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その後、不思議な巡り合わせにより私は二人の強力な霊能者に出会い、共に東奔西走し神社仏閣を巡り、時には教わりながら、時には助けあいながらも彼等から多くを学びました。
そして業を背負わない手法を編み出し、検証し確立させ、初代が遺したものや新たに習得した数多くの術や祈祷を何度も何度も暗唱し暗記し実践し検証し効果を何百件何千件もの鑑定で確認した上で、自らのものにして来ました。
その折に、「神気」を流用する事によって、霊能による占術である「霊視」を授かることができ、その精度の高さを数多く検証した上で、従来の経営を相方に任せ退き、父の遺したお客様を鑑定しつつ、電話による霊能鑑定の世界へ足を踏み入れました。
霊能者が150人近く登録されているとある会社があり、その会社経由で電話鑑定をしているのですが、霊視の精度と除霊・気功・祈祷の効果が高く評価され、現在まででおよそ三年間、霊能者を専業として12,000件弱を鑑定する事ができまして、最初は平均15分〜30分ほど掛かっていた除霊も、日々の努力と実践により、おおよそ3分程でほぼ全ての霊障に対して行えるようなりました。
この対面鑑定と電話鑑定に明け暮れた三年もの間、鑑定室兼自室の前にはずっとあの木製の看板が立て掛けられています。
その前は押入れに入れられ、今は狭い廊下に立て掛けているために所々少し傷ついてはいるのですが、この看板を見る度に、私は初代の重い役割を引き継ぎ、多くの人を救い導くのだと決意する事ができます。
初代と同じ「皇導」の名を、「天上の神へと導く者」という大きな名前を名乗る事に恥じぬよう、全身全霊で全ての人の全ての悩みに寄り添い解決していこうと、私は強く決心した次第です。

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ご鑑定について