霊能者が語る!神仏の人への「目線」の話 [Part2]

愛知県名古屋市 霊能者占い鑑定所 神気界

神社仏閣・神

霊能者が語る!神仏の人への「目線」の話 [Part1]の続きです。
◆横暴な長男・頭の良い次男・優しい三男の世の中での割合について

長男次男、というのは説話(わかりやすくした話)なので、当然女性もここには入ってきます。

実際には、ちょっと端折りますが兄弟の全容はこんな感じです。

・横暴な長男:2%以下 (いずれ会社社長など、人を支配する可能性がある人も含むし、問題性があるままで終わる人も含む。)
・頭の良い次男:4%以下
・優しい三男:2%以下
・心が熱い四男:2%以下
・ニコニコずっとしている五男:2%以下
・一切の出来事を受け入れて実直にする六男:14%程度
・人に可愛がられやすい七男:3%程度
・教育指導的な八男:5%程度
・何もしなくても人が守りたくなる九男:1%以下 あまり居てはならない
・頭でムムムと考えて生きている十男:1%程度
・人への対応が上手いけど他はダメな十一男:1%以下 あまり居てはならない
・頭で考えるのは得意だけど他はダメな十二男:1%以下  あまり居てはならない
・開放的な問題児な十三男:4%以下  あまり居てはならない
・ずっと病んじゃって参ってる十四男:1%以下  あまり居てはならない
・人の手伝いに明け暮れる十五男:3%程度
・超出来の悪い十六男:6%  最も居てはならない
・未だ未知数だけど使い物にならないかも知れない十七男:14%(12歳以下に多い)
・上記に言い表し方の無い特殊な十八男:2%以下(24歳以下に多い)
・失敗例を見せびらかす十九男:0.1%以下
・引退済み・病気やケガなどでなんにもしなくていいよ、美味しいご飯食べて過ごしてね、な二十男:(高齢者の7割)

以上です。
本記事は、意外にも奥深い話を元にしていますので、「8%以下の人」についてしか話していません。

また「居てはならない」ステージの人は、他の居ても良い兄弟に成り代わるように促されています。(「超出来の悪い十六男」が進化して「教育指導的な八男」になる、というのはよくある話です。主に野良のコンサルタントとか…。)

さしもの”厳し目”の父親も、「あ、こいつ出来が悪い。しゃーない。ほっとけ」とはしない、ということです。優しいですね。

大体そんな感じです。

ここまでのまとめ

神様の目線というものは、人を「社会的な役割別」に選り分けたり、その役割なりの指導をしたりします。
他の兄弟への面倒や悪影響も加味して、懲罰やら報奨やらも存在しています。

基本思想は、
・「他の兄弟に迷惑をかけんなよ」
・「他の兄弟に利益があるなら良い子。広く深く利益があるならもっと良い子。」
・「ダメな子にもチャンスが有るから安心してね」
・「ダメな子は叩く」
・「超だめな子はブッ叩いて、他の兄弟から隔離する」
以上です。

これは結局、理不尽に見えて理不尽ではない仕組みだと言えます。
「全てに理由がある」といった話です。

「超ダメな子に絶対になる」という予測も「叩く・閉じ込める理由」に入るので、そこの点がいまいち私でさえ分かりにくいところではありますが。

ちなみに専業主婦の方などは、「優秀な人を支えるのに優秀な人たれ」みたいな感じの目線で見られています。子供がいらっしゃれば尚更です。

またどちらかと言うと、社会人より「子供を持つ母親」のほうが優遇されていたりします。
そこの点、”他の兄弟への影響”というものは実は子供を持つ母親はかなり強いよね、という話なので、妊婦さんとママさん達には皆さん優しくしておきましょう。

神様による「父親像の違い」

日本の神社神道は、八百万の神(数え切れないほどの神様)がいらっしゃいます。
要は父親がむっちゃくちゃな数居て、それぞれ「あ、こいつうちの子」「この子、私の子」としている、という話です。

・「美人な女性だけ抱えている女性神」
・「勝ち気のある、根性がすわっている男だけ抱えている神」
・「感性が鋭い人間だけ抱えている神」
・「味覚がよく、料理を作ると美味しい(であろう)人間だけを抱えている神」
・「生産性を重んじて、生産的になる可能性のある人だけを抱える神」
・「人類史や政治経済を動かしうる日本の頭脳や手とも言える1万人だけを抱える神」
その他、多種多様な「うちの子選びの基準」を持つ「”厳し目”の父親」が存在しています。

※ちなみに、たま~に子供がトレードされていきます。
「あ、この子無理。お宅にやるわ」みたいな感じです。まさしく人知れず、ですね。

どの神様にどのような思考や思想で動かされているのか?どのような導きを受けているのか?どのような子供に見なされているのか、というのは複雑な話ですが、
こちらの記事にあるような感じです。

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仏教の仏様への人間への目線

「神仏の」と書いたからにはこの仏様の「目線」の話も書いて参ります。

基本的には、”厳し目”の父親は「エリート主義(出来の良い人・集団を重視する思想)」です。
他の兄弟に迷惑を掛けるような出来が悪い子供はいらんし、閉じ込めちゃったりもありえます。出来が良い子供や他の兄弟に良い影響がある子供に特別待遇を施します。

要は、神道の神は「全体主義(個人が全体に何が出来るかを超重要視し、個人は優先ではない)・実用主義(使える人・使えるものと、その結果を超重視する)・エリート主義」だと思っていただいて構いません。
(人間の本質は「社会的機能(どの範囲のみんなに対して、善いことを何ができるのか)」ともしてるようで、意外にその平等主義ではないです。キリスト教の神とかは多分、皆さんが思い描いている神っぽくはあります。)

「3人に好影響を与える1人より、100人に好影響を与える1人を選ぶのって普通じゃん」といった感じです。

そうじゃないと1億2000万人を管轄するのは不可能です。
どうでしょう、「人間」とか「兄弟」じゃなくて、「社員」と言えば分かりやすいでしょうか。

出来の良い社員を厚遇した方が組織にとって有利があるのは当たり前の話です。
逆に非生産的な人間を厚遇する理由は、会社にとってはありません。

そこらへんの話はあります。

ところがどっこい、我等が仏様は違います!
「人類皆平等」という大前提で人々を見ています。

仏様の目線と、考え方

仏教の世界観は広く、また学問として規定付けられていますので私がここで何かを書くのは(各宗派・開祖の「お話」と矛盾する話があっては迷いを生じさせるため)よろしくない話ですが、書ける範囲で書いていきます。

基本的な仏様の考え方は「衆生救済」にあります。

衆生済度・衆生救済の一般的な意味は非常に奥深いものになっていますが、今回は基本的には「分け隔てなくみんなを助けよう!」みたいなものだと取られていただいて良いかと思います。

衆生救済が「一大思想」だとすれば、下記が「五大思想」だとも言えます。

※注:簡単に噛み砕いて書こうとしましたが、ここからだけは一気に難しい話になります

「生まれながらに不要な人間など居ない」

生まれながらの100%の犯罪者予備軍であれ悪党であれ、善人のように振る舞うことで善人にもなれる。皆違って皆不要じゃない、という考え方。
そもそもに「悪」という概念が無い、みたいな感じ。本当に悪をやると、遠い親族血族全員でその「悪いことをした」というのを分かち合うので、それって悪いことをしたことに入らないよね、という思想。(業、という概念により、悪という概念が無になる)

「必要不可欠な人間もまた居ない」

群れ(社会?人類??)において人は人を必ず活かすから、誰を頭として、手として、目として、口として鼻として考えなくても良い。
群れであれば、ただそこに全体としての働きというのが自然に発生するので、誰を特別としてもてはやさなくても良い。

「(死ぬまでに)罰を受けるべき人間も居ない」

死んだ後に(地獄などで)自分が行ったことは精算をすべきであるが、生きている間はいろいろなことを体験しながら学んで、考えて欲しい。

「”知るべきこと”をそれぞれが知ることで、自らをかえりみながら生きるべき」

凄く噛み砕いて言えば、「自分はどうで、他人はこうで、というのを反省しながら考えて生きろ。そのうち答えが分かるんじゃない?」ということ。

「”答え”を知るべきである。それは言葉では足りないから、”答え”を死ぬまでに得るような生き方へと導いていく」

「頭で分からないある一種の回答を、人生の中でありとあらゆるものを体験しながら得るように」(「得られる」とは言っていない。「悟り」みたいなもの)

上記をより分かりやすく言うと…

小難しい話ですが、よく分からなかった人向けにまとめると、要は、
「悪など居ないし、善も居ない。」「いろんなことを体験して、よーく考えて生きんしゃい。」というのが仏様の基本的な思想だと言えます。

やはり、仏様は「優しい母親」にたとえられるべき存在だと言えます。

「なんちゃら主義」と言い換えるのは難しいのですが、「非常に小難しく物事を考えて、その考える経験を重ねていくのが良いよね主義」かなと思います。
「思考しろ主義」「物を考えて生きろ主義」「脳味噌を酷使して生きろ思想」で、「その果てに”悟り”(日本語では言い表しにくい、人間の歴史的な到達点)があるかもね」という感じです。

神道は「山を登れ、山を登る人に貢献もしろ。山にも貢献しろ。」という感じですが、仏教は「山のことを考えて生きていけば、いずれ頂上の上空のの果ての果てに実際にいけるかもわからん。それって超無理だけど、みんな頑張れ。」みたいな感じです。

お坊さんに怒られそうですが。

 

仏様の目線

神様の目線では、人はカテゴリー分け・階層分けをされていましたが、仏様はそれを絶対にやりません。

・「皆平等にできが悪く、お勉強しなきゃいかん子。何歳になっても何十歳になってもね。」
・「何を勉強するのか?何を知るべきなのか?は知らせないから、とりあえず色々なことを経験してよく考えんしゃい。長めに生きて、色々な答えを見付けなさい。」
・「お参りしにきたら、考えるべきことの方向性は教えてあげるから。よーーーく考えんしゃい。」
・「仏壇に手を合わせたら、ちょっとヒントぐらいは教えてあげられるかもしれんね。」
こんな感じで、1億2000万人中、尊すぎる人と邪悪すぎる人、といった特殊な人を除いて1億1999万9800人ぐらいを見ています。

仏様(優しい母親)の目線VS神様(厳しい父親)の目線

仏様の目線や考え方は、まっっっっっっっっっっっったく神道の神様と違う概念だと言えます。

父親と母親の子供に対しての目線は違ってしかるべきなので、こんな感じではありますが、要はコンセンサスというか「子育て相談」を神仏はしながら、大抵の人を導いている
、みたいな構図があるのだとお考え下さい。

ルールや思想がまったく違うので、要は意見がぶつかることは100%あり得るはずですが、仏教は1500年前に日本に入ってきたもので、神道は数千年前から数万年以上前に日本で発生したものでありますので、そこは「先輩に譲る」的なところで、7割~9割超は神社神道の神様の意見が優先されるようです。

日本という神仏入り交じる信仰の国は「お父ちゃんのほうがえらい家」だと言えます。
昭和中期の家庭っぽい、父母のパワーバランスのイメージだと分かりやすいかと思います。

この「思想の違い」による矛盾は、「神は罰したい」「仏は罰するのを辞めて欲しい」みたいなケースにのみ出ます。

神罰というのは結構、取り返しのつかないペナルティを与えることもあります。
そこらへんを、「そんなにボコボコにしたら、何も経験ができない、不幸以外何も考えられん子になっちゃうじゃないの!」と仏様が守って下さる、みたいな話です。

先程も書きましたが、「人知れず」、です。
一部の人はひょっとして、仏様に知らないところで人生を救われているかも分かりません。手が合わさりますね。

人間はどのように振る舞うべきか

我々日本人は、「厳しい父親」「優しい母親」に挟まれて生きています。
「正しい生き方」みたいなものは個々に存在しているのでなんとも言えませんが、父親と母親にとって一番「都合の良い生き方」というのはあります。

逆にそれが、運気を上げるような生き方、良い人生になるような生き方かも分かりません。

湯呑に書いてある「親父の小言」みたいな話ですが、

  1. 人に悪さするな。不快にもさせるな。
  2. 良い働きをしろ。人に良い影響を与えるように生きて、それを広くやれ。
  3. 他者への好影響を磨け。より好影響が出せるようになり、それをより広くやれるように磨け。(勉強しろ、資格を取れ、でも良い)
  4. 子供が居れば良く接しろ。最優先にしろ。子供が他者に出せる好影響を磨け。
  5. 頭で考えろ。反省しろ。反省し続けて、自分なりに正しく生きろ。ただし人に迷惑を掛けるのは正しいのうちに入らん。
  6. なれるなら偉くなれ。100人を好転させるより1000人を好転させられるようになれ。1億人ならもっといい。
  7. とりあえず身の回りの人間から好影響を与えるようにして、悪影響を与えないようにしろ。そこで鍛えて、社会に好影響を与えるようにしろ。
  8. よく経験しろ。物事をよく目や心に刻んでおけ。ただし悪いことはするなよ。
  9. 死んでから後悔するようなことはするな。悪さをとにかくするな。誰に迷惑を掛けないとしてもするな。

みたいな感じが、神仏から見て「Excellent」な人の生き方かと思います。
要はただの、「向上心があり腕を磨いている善人(子供が大事)」です。

このように振る舞っていけば、運気的には非常に良くなることと思いますし、神社仏閣に参拝した時には神様仏様もニッコリされると思います。間違いなく。

また、子供が居ればこの1~9を重んじさせるに際して、「倫理・道徳」が基礎中の基礎になるとも言えます。童話や寓話や絵本を通して、そういった考え方を教えるべきだなと思います。

なお大人になって1と5と9が怪しい人は、刑務所の入所体験記やら、不倫で超絶不幸になった人の体験記やら、法律やら何やらを見てビビったりすべきですし、なんなら道徳の教科書をAmazonで注文して読むところからやり直すのが良いかなと、私は思います。

1・5・9が怪しい人は、場合により一撃で「死」に叩き込まれる場合もありますので、これは割と重要な話です。

さいごに

以上です。思ったより長い内容になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか。
内容をあらためて見直しても、「神様は「”厳し目”の父親」で、仏様は「優しい母親」というのは、間違っていない」という話だったのかなと思います。

これらの目線にさらされる一子供として、なるべく正しく生きていくのが良いのかなと思います。

また、霊能者をしていて思うことですが、「神様が優しい」というのは一定の間違いだと言えます。
「生産的な者」「有能な人間や他者への影響が良い者」「子供を持ち、良い教育を施し、教育費を父親からふんだくってでも子供にガンガン使う母親」の3種類の方向性の人には神様はベロベロに優しいのですが、その逆の人にとってはむっちゃくちゃに冷たいです。なんなら足繁く参拝していても冷たいので、そこの勘違いはしないようにどうぞ。

参拝しまくってたらあなたが特別で偉いのか?という話ですが、違います。
参拝しまくってたら神様にご指導を受けて、あなたが特別で偉くなっていくんです。人から見た特別性か偉さかは知りませんが、神様の目からしたところの特別で偉い人に変わるのです。

おこがましい言い方しか日本語的な表現方法にないのでアレですが、「神様は優しいんじゃなくて”正しい”」と言えるかなと思います。

仏様の「優しい」というのも、「生きろ、考えろ、様々なことを経験しろ。それが全ての優先である。」という考え方の中での「平等」ということが分かりました。

神仏の目線は神仏の目線で、数千年間以上も成熟した目線になりますので、人間にはおいそれと理解が及ばないところでもあるのですが、そんな感じだそうです。
(私がお話をお伺いしている目には見えない存在いわく)

また、「参拝」というのもある種のチャンスではあります。

「生産性が足りないなあ」「もっと優秀になりたいなあ」「子供にどう接したら良いかわかんないなあ」という人は、そう思いながら神社に参拝したほうが良いです。どこでも良いです。
町内の小さいお社(やしろ)でも、伊勢神宮外宮&内宮でもなんでも良いです。
“みんなの父親”が助けてくださること間違いなしです。

「自分や他人に不幸や不快感、苦痛を感じる」「皆に置いてけぼりになった安い自分がいて苦しい」など、心の問題を持っている方は、「お寺」に参拝したほうがよろしいかと思います。
(死者の弔い以外の用事でも人が祈ってそうな、法事以外の用事もありそうなお寺ならどこでも良いかと思います。)

たちどころに迷いが晴れ、「何を考えるべきか」という答えが得られると思います。
間違いなく100%です。

キリスト教は、信仰する人の90%以上が「どう生きるべきか」「どう考えるべきか」「イエス・キリストは何を考えて何を説いたのか」を知っていると言えます。

ところが神社神道は「何も語らない宗教」です。神社に参拝すれば分かると思いますが、「神は偉い」「手を合わせるべき」「礼節を重んじるのは良いこと」「厳粛な場では頭を低くしておとなしくしろ」「他人も自分みたいに参拝してたりするんだから、他人に迷惑は掛けちゃならんね」「衛生的に身を保ちましょう」というのは伝わってきます。

仏教はその教義が宇宙的な情報量で、よく分かりません。なので本職のお坊さんでもない限り、誰も知ろうともしません。

今回書いた話は神道仏教の「教義」になりうるぐらいの強い話ではありますが、ニュアンスとして「普通に生きてたら分かるやろ、ということを分かれ」という話でもあります。

手を合わせる以外は、「考えりゃ分かるやろ」というのが、日本に於ける信仰の極意だなあと感じる次第です。

が、あえて道しるべが欲しい方はこの記事を何度も読み込んでご参考にどうぞ。

 

神気界について

愛知県名古屋市中村区にて、先代より引き継ぎ二代目の霊能者として占い鑑定所を開いております。
完全予約制にて、対面鑑定・電話占いによる鑑定により1日2件限定にて多くの方をご鑑定差し上げております。

一度の相談のみで結果・成果を出し解決する事を重視し、霊能者としての占い・除霊・独自の気功を行っており、また、「事実視えない力が扱える霊能者である」と誰しもが分かるような証明を全ての鑑定にて行い続けています。

お越し頂ける範囲の方の鑑定のみならず、「電話占い」により日本全国に対応しております。
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