霊能者が解説!神社の神様とお導きについて愛知県名古屋市 霊能者占い鑑定所 神気界

スピリチュアル

霊能者占い鑑定所 神気界 泉 皇導です。
ホームページリニューアル後、1つ目の記事になります。

私はこの霊能者という仕事をしている中で、よく「私には守護霊が居ますか?」という質問を受けます。
その際、99%の場合「ご先祖様ならいらっしゃいますよ。他にはないですね」と回答をします。

いわゆる「特殊な守護霊」というものは大抵の人にはありません。
居る人も中には存在していますが、特殊な守護霊がついた人は、その人自身の人生ではなくて、「守護霊に面白おかしく操縦される人生」になりがちです。

守護霊なんていうものが良いか悪いかで言えば、「非常に悪い」とも言えますし、「変わった方向に人生が行くので、それで良ければ良い」とも言えます。

さて、今回は私は鑑定のうち4件に1件ぐらいでお伝えする、ブログには今まで書いていなかった非常に重要で、かつ秘匿されるべき情報について書き記します。

一言で書くのであれば何のことはない「人間は神社の神様に導かれていますよ」という内容なのですが、全ての方にとっては新事実にあたると思います。

霊能者として今まで書いてきた内容と比較しても、最も表(ブログ)に書いて良い範囲ギリギリのお話になりますので、意図して内容は薄めていきます。

なお、この記事に限ってはスピリチュアルな色の濃い記事でありますが、身体症状への対処など、事実本物の霊能者である証明を鑑定で行う「現実主義の霊能者」を自称する私が書く「事実」にあたりますので、その前提にてお読みいただければと思います。

人生は神社の神様に生まれた瞬間から支配されている

ヒトは、素体(身体と脳)としては未完成な生き物になります。
オギャアと生まれてきた時点で、ヒト自体に備わっているものは、「欲」「個性」「熱量(熱意)」だけになります。

非常に現実的な話にはなりますが、遺伝、という意味ではこんな話があります。

アメリカでとある母親がインターネット上で見付けた「大卒エリート会社員」の方に精子提供を依頼し、子供を授かった。
ところがその子供は精神病と軽度の発達障害を患っていて、その子供が十代中盤になった頃に、自分がこの病気になったルーツが父親にあるのではと感じ、父親探しを始めた。

そうして見付かった父親は、学歴も職歴も詐称で、自分と同じ精神病で軽度の発達障害で、しかも犯罪歴まであった、という話です。

以前にも書きましたが、私は霊能者ですが現実主義者です。
そういった意味で、基本的に人間という動物は、遺伝子でできているのだと言えます。
上記は極端な例ですが、精神病や発達障害ではなくても、精神的傾向や身体的傾向、あとは「心」みたいなものは遺伝するものだと言えます。

繰り返しますが、ヒトは生まれてきたその時には、「欲」や「個性」や「熱量」だけの生き物です。

その「欲や個性や熱量を昇華するための設計図」みたいなものを、神社神道の神様は人に与えられます。

例えば「正義感で自分の欲を満たそうとするが、間違った人に文句を言われると非常に傷付く上、教育者の親は特に正義感があるわけではない男の子」が0歳として生まれたとします。

このまま成長すると、鬱病まっしぐらで、かつ正義感を振りかざしたうるさい人間にしかならず、親に過剰に嫌悪感を持って、社会の爪弾きものにしかならないと、神様としてお考えになられたとします。

そこで神社の神様は、「この子をどう活かしてみせようか」とお考えになり、その子供に神様が、40~60個程度の「設計」を組み込む形式があるそうです。

その設計の中身とは上記の例であれば、

  • 文句は言わないが、良い結果を出して抗議とする。
  • 常識を持つが、人には振りかざさない。
  • 人にとって正しい人間であるようにして、自分の態度と心を律する。
  • 見るからに出来る人間として君臨して、優秀ゆえに文句を言わせない。結果、繊細さが顔を出して不幸な想いをしない。
  • 人間的に一流であるように親のことを見るが、自身が優秀になり親を凌駕しようとする。
  • 正義の定義に「社会的なエリート」も加える。この意味は、自身が正義=社会的なエリートになり、かつ、社会に出た時に上司や他の同僚も正義であり、理不尽を言うとしても正しいと信じるためである。
  • (他34項目)

という形式に例えばなるそうです。

そうすると、酷い人生になりそうな子供がこの「設計」を加えられた事により、なんとも優秀で知的でいい人生を送りそうな人間に変わってくるわけです。

別の例も出しましょう。
「異常にプライドが高く、気持ちが穏やかではない、気が狂いそうな感情を内包した男の子」が居たとします。

そこで神様は例えば、

  1. 自画自賛しつつ、人の予想を裏切るように優秀さを発揮する。結果羨望を浴び、異常に高いプライドは守られ続けていくはずである。
  2. 優秀さを、予測されない意外なタイミングにおいて発揮していく。これにより、否定をされにくく、天才的に見られるようになる。プライドは守らていくはずである。
  3. 感情的になるタイミングには、芸術に逃げる。芸術に逃げたあかつきには、「物(制作物や作品や商品等)」を見事に生み出すようになる。
  4. 激情を芸術にぶつける。気が狂いそうな感情は自らの身体・言葉・態度で出すのではなく、絵や物や、芸術品にぶつけて、作品と化すようにする。
  5. 癒やしきれないにしても、本人を美しい精神に保つように、否定をしない人と、顔の良い女性との繋がりがあり続けるようにしていく事を理想とするが、無理にそうしなくても良い。
  6. 人間社会で生きていけない精神を持っているから、顔の表情は明るく、ケラケラと笑うようにして、人として明るく良い人間に見られるようにしておくように。
  7. (他50項目)

という設計を与えるそうです。

本人の欲や個性は消さずに、むしろありのままで良いようにしながらも、それらを物事の達成や社会での活躍に繋げていく、ある種の「型」を感じます。

日本における人と社会の管理は、神社神道の神様達が行われている事になります。(仏教ではなく。それはまた別の話で)

管理とは何か?という話ですが、このように設計を人に与えて、狂わないようにする事が一つの管理法だという事だそうです。

一億三千万人もの人間が居て、24時間365日死ぬまで監視・調整が出来るわけがないゆえの管理法、という事のようです。

霊能者占い鑑定所 神気界では、この見えざる設計書のことは「テーマ」と呼ぶようにしています。
ある種人生のうちの使命であり、本質であり、運そのものであり、未来であり、過去であり、社会的な役割であり、人格であり、弱点であり、才能であり、そういった物が網羅されているものがこの情報だからです。

この情報を特に元としたお話をしていくのが、神気界の正体でもあります。(リアルタイムな情報も精査しています)

それゆえ、こと人に関しては「意味不明に当たる」という事が霊能者として可能になっています。

その「テーマ」を使った支配=お導きを、一億三千万人は全員が受けています。
ただし、解釈次第では飛躍発展の可能性もあり、未来を激変させる可能性も眠っています。

人間の可能性は無限ではなく有限ですが、この「テーマ」の範囲内であれば、何者にでもなれるのです。

神社神道の神様による支配が何なのか、ということは、未だかつて誰も語ることができなかった項目になります。
以上が「代表的なお導き」の、その実際になります。

「テーマ」が内包する、陰と陽

前述の通り、一億三千万人には一億三千万通りの「テーマ」があります。
個別の「欲」と「個性」、「教育者」「生育環境」「生育上用意できる教育水準」、「モチベーション」「脳ミソの出来」「精神負荷耐性」「器用さ」を神様が判断され、人それぞれの欲と個性を「昇華」するような「テーマ」を与えられます。

この「テーマ」というものは我々人間にとっては良いものですが、悪いものでもあります。

プラス(陽)でも有り、マイナス(陰)でもある、といった書き方はあまりにも恐れ多いのですが、分かりやすいためそのように書きます。

例えば私(泉 皇導)のテーマの中には、「いずれ獲得出来るものと信じて止まず、安定をしない」という一文があるそうです。

“「こうなりたい自分」というものがどの立ち位置だったとしても常にあり、今の立ち位置や持ち物に満足して安心して立ち止まることがない。”

という意味らしいのですが、これは「向上心が無限に続いていく」と言えばプラスになり、「安定志向がなく、今のままでいいという事を知らない」と言えばマイナスになります。

一生安住の地がない人間であり続けるということは、電池切れまで壁にぶつかってまたぶつかってを繰り返す車のおもちゃのようで、良いことではないようにも思えてしまいます。

「テーマ」自体はここまでの記事を読めば単純に、「神様が不安定な人間を心配して、高めてくれるようにした素晴らしいプレゼント(英語的にはGift)」のように解釈できますが、実はいわゆる等価交換を原則にした「プラマイゼロの設計図」になります。

「良い。が、ある言い方をすればかなり悪い」という要素の詰め合わせというのもテーマであります。

先程書きました
「・人にとって正しい人間であるようにして、自分の態度と心を律する。」
という設計の一文であれば、「正しい人間になれる」要素がこれですが、「100人中100人にとって正しい人間などおらず、自分がどのような姿の人間になれば良いのかを苦悩し続けていく。また、開放的になれない。」とも言いかえられます。

要は、全てはプラマイゼロです。

しかし、前述の通り「不安定な人間を昇華する」という至高の仕組みがこの「テーマ」でありますので、悪く思うのはお門違いです。

無かったら今頃どうなっていたのかは、、、考えたくもない恐ろしいことです。

他のお導き

かくして人間は「テーマ」という名のお導きを、神社神道の大神様達から受けています。
誤解を恐れずに一言で書くと「こんな感じで正しく良い感じに人生行くでしょう」という追加設定がテーマです。

たとえば、ただの鉄の塊を機械にする、というような。
あるいは、野菜を調理するような、そういった改変がテーマによってなされています。
「非常に速やかに、楽に上手くいく(神様の持つ)仕組み」がこのテーマにあたります。

神社神道の神様の知性とキャパシティは無限に等しい物だそうですが、優先順位もあれば休息も要するみたいです。
ある程度、放っておいても人が自動的に育つであろう仕組みがこれです。

そして、他のお導きは、大きく4種類が存在しているようです。

1.社会に必要な人間は常時観測・常時調整(お導き)し続けられる

日本の社会や未来に必要不可欠な4,000人~5,000人は、常時観測して常時お導きをし続ける対象になるそうです。
例えば日本を代表する企業の社長であれば、簡単に数百万人の人生を一変させることができてしまいます。そういった危険性と逆に社会の向上のために、常時観測と調整をされるそうです。

政治経済の重鎮みたいな人達が半分以上、あとは飛躍の可能性を相当に秘めた人(経済に関わる)がもう半分だそうです。

この項目は私達には、あまり関係のないものだと言えます。

2.気になる人だけ確認して調整(お導き)

・受験生・就職活動時・人生の岐路に関わる人の全てを観測しての調整
・「1」に入らないながらも、神様から見て”才能ありきor良い意味で気になる人間”を低頻度~高頻度にて観測して調整(お導き)

人を活かすも殺すも環境次第です。結果として良い環境に至るように、神様は全ての人を導かれています。
あくまで「結果として」というところなので、良い場所とは限りません。
ひどい環境だったとしても、後の人生にプラスがあるところにしか導かれません。

また神様には人格というか、性格や性質というものがあります。個性と言って差し支え有りません。それは古事記や日本書紀などの神話を読めばありありと分かります。

その個性からするところの、「気になる人」も神様は観測しておられます。
大体、心が清すぎる人や、何を選ぶのか・何を考えるのか・何をするのかが計測不可能のどちらかで、かつ、ある程度の生産性がある人間がよく選ばれているようです。

3.警報(アラート)時の確認と調整

・離婚、暴力、犯罪、死亡確率のあるタイミング、過度の外傷や打撲、精神的超過負荷、身内の死、精神病と言えるボーダーラインを割った、死に関わる病気になった、婚外子ができる可能性がある、失墜の臭いがする、など。

他、数百種のタイミングで自動的に神社の神様の元に警報が出るそうです。
その際に「お導き(具体的に方向性を変える・救うなど)」を行われるそうです。

百人中百人をその際に状況を変えるわけではないようです。
これは、神様や神社神道というステージからするところの、優先順位やトリアージというものがあるそうです。
あるいは、災い転じて福となす、という場合もあるため、救いが必ずあるというわけではないそうです。

これは誰にも察することができない、難しい話に思えます。

4.参拝時の確認とおよび調整

「神社には参拝しておいた方が良い」理由です。
ここで神様は確認と、お導きという名の調整を行って下さいます。

人は神社参拝により、受けるお導きにより必ず良い方向に行きます。
社会的にも、精神的にも、人間的にもです。

継続して参拝し続ける事により、神様がお導きを行われ、またお導きの結果を見て更にお導きを行われる、というサイクルができます。

そのため「よく参拝する神社」というものが有ったほうが良い理由はこれになります。
(私は欠かすことなく長年、岐阜県海津市の千代保稲荷神社様へ一ヶ月に二回は参拝致しております。少なくとも、私生活や仕事では凄まじい飛躍がもたらされています。)

ここまでのまとめ

礼を欠かない書き方を心掛けつつ、非常に現代的で分かりやすい書き方で「お導き」についてを書きました。

ここまでをまとめると「生まれた時にテーマを与えるが、異常事態や人生の転機があるまではあまり見ない。ただし、参拝があれば観測をして導く」が神社神道の大神様による、人間いち個人に向けた接し方だということになります。

そのため、人生をこの上なく良いものにするためには、やはり神社参拝が究極の手段だと言えます。

人は別々の神様の管轄に入っている

霊能者占い鑑定所 神気界の鑑定では、6~8鑑定に1回程度、「私にはどこの神社が合いますか?」というご質問をいただきます。

私はその場合は、個別に全く違う神社名を出し続けています。
ある人は多賀大社(滋賀県犬上郡)が良く、ある人には熱田神宮(愛知県名古屋市)が最高だと伝え、またある人には石上神宮(奈良県天理市)こそ究極だと言い、かつ、私は伊勢神宮(三重県伊勢市)と伏見稲荷大社(京都市伏見区)と千代保稲荷神社(岐阜県海津市)へと参拝し続けています。

ご祈祷、という件でも南は長崎県の離島である壱岐島、北は宮城県の仙台市にほど近い鹽竈神社までを参拝しております。

この理由は、「人それぞれを監督して下さっている神様は、人それぞれにより全く違うから」に他なりません。(テーマを作ってくださった神様と監督して下さる神様はほぼ全ての例では同一になります。)

どこの神社に参拝しようと、それが地域の小さな社であろうと、地域を代表する巨大な神社であろうと伊勢神宮であろうと、確実にその「テーマを作り、監督して下さっている神様」にその人の情報(縁や、人生が今どのような状況か、他、本人の成長度などの多種多様な情報)が行きます。

ですからある意味、どの神社に参拝しても良いとも言えるのですが、やはりその「監督して下さっている神様」の神社への参拝こそが究極だと言えます。

良い日本語がありませんので語弊があることを覚悟で書けば、「第二の故郷みたいなもの」あるいは「第二の実家」みたいなものがその神社にあたりますので、その神社に参拝することはこれ以上ない事になります。

これはある一定の検査(察する)方法があり、こういった人物像ならここの神社がその第二の故郷的な神社であろう、という書き方もできますが、不正確な場合、私が神様に悪く見られてしまいますので書けません。

やはり個別に、鑑定のご依頼の際に「私にはどこの神社が合いますか?」とご質問いただき、正確な回答を私がするより他には無いでしょう。

何か他のお悩みごともある際には、この質問もぜひ行って下さい。意外に遠い神社を言う場合もあり、あるいは、気軽に参拝できるような距離の神社である場合もあります。

ちなみに、別の神社に参拝されたときは、その「本当の管轄の神社の神様への情報の転送」以外にも、「そこの神社の神様からのお導き」というものもあります。

その内容もまた個別の神社の神様の独断と偏見によるもののため分かりませんが、あくまでも「その人にとって良かれ」を前提としたお導きがあるそうです。

大抵の人は伏見稲荷大社に参拝しておけば大丈夫

神社の中では実は例外にあたる神社があります。それが、伊勢神宮と伏見稲荷大社になります。

伊勢神宮は日本の神社神道の中心地であり、日本における至高の神である天照大神(私は天照坐皇大御神=アマテラシマススメオオミカミ様という御神名で認識しています)をお祀りされている、日本人全員が一生一度は参拝した方が大変良い神社になります。

伊勢神宮は一昔前の認識であれば「なんなら天皇家のためにしか無い神社」ぐらいの勢いの神社であり、ある神社の格付けでは格付けをするなどもってのほかであり格付けに名前が載らないほどの「格付けを超えた」神社であり、「賽銭など不要であり天皇家からしか受け取らない。しかし金を投げる者が後を立たないために一応参拝所に箱は置いてあるが」という別格の神社であります。(別にお賽銭?は入れても良いですし問題ないのですが)

更にはそのあまりの尊さに「感謝だけしかしてはならない」「ありがとうございます以外祈らないように」「なんなら祈るな」など諸説ある神社でありますが、「大変なおおごと」かつ「人に話したとしても悪く言われないような願い」かつ、「公明正大?な願い(個人的であるかもしれないが、皆のためになる事につながる正しい願い)」であれば、場合によりお導きがあるのなら一撃で、滝の水が下から上に登るようなとんでもない叶い方がしうる至高にして究極の神社でもあります。

神社神道が会社とすれば「社長であり会長」みたいな存在のあるお社でありますので、一つの例外だと言えます。(お伊勢参りは外宮から内宮へとどうぞ)

もう一つの例外が「伏見稲荷大社」になります。
いわく、その御利益は”「衣食住」「仕事」の全て”とされています。

人間は生きているのであれば衣食住は必ず行っており、仕事も大抵の人はしているわけです。そのため、伏見稲荷大社の大神様が監督している人以外でも、97%(日本人のみ)ぐらいの方をしっかりと見て下さり、導いて下さる神社でもあります。

他の神社であれば、最大で98%ぐらいの人の願いを聞き入れない神社というものもあります。
神様的に「些細なことだから聞かぬ」というボーダーラインが非常に高く、聞きもしない、導きもしない、一応その神社の神様の管轄の人が来たらニコニコ歓迎する、そんな神社も数多くあります。(神社の神様は全て、天皇陛下の数百倍以上は偉い・尊い存在でありますので、それが当たり前だと言えます。また、人の願いを聞き届ける義務など毛頭何も無いそうです。)

それでいて、「皆違って皆良い」のような原則により、よほど神様的にいまいちな2%の方を除いた98%(日本人のみ)の方を導いて下さるありがたい神社が伏見稲荷大社です。

・衣食住が豊かになる(拡大解釈可)
・仕事を通した社会への貢献度が高まる

という2点を主にその御利益とされています。
現実的な話、私も参拝を行い続けていく中で、霊能者という仕事としては限界・限度に近い仕事のステージへと高まる事ができました。
(なんでしたらより高い社会貢献度を求めて、新たになにか霊能者とは全く関係のないWEBかITかの事業を行おうとしています。)

「参拝したら大抵の人は良いことになるし、願いを聞き届けて下さる神社」という認識が良いと思います。日本一やさしい神社かもしれません。

とりあえず、服を着て、ご飯を食べて、家に住んでいる人であれば参拝しておいて間違いない神社が伏見稲荷大社であります。

(ちなみに2%の受け入れられない人というのは、人に対して邪悪な結果をもたらしているような人=社会悪的な人らしいです。100人中の下位2%に入る悪人の自覚があれば参拝しても何もないかもしれませんが、そうでなければご参拝をどうぞ)

決して神社と金銭を絡めて書きたいわけでは有りませんが、「こう言えば伝わる」という書き方で言えば、正しく神社に参拝して、神様が観測してその人を導いて下さることの価値は、金銭的に言えば「600万円以上」の価値があります。

そう考えて参拝してはならないのですが、実際の利益があれば、あるいはそれを越えた人生上のメリットがあります。

受からないはずの学校に受かり、入れないはずの会社に入れて、自身を成長させ問題なく良いステージに運んでくれるような友人ができ、「良い話」というものが来て人生を変え、異常な確証があり資格取得に進んだ後に資格が取得でき社会的に成功し、などなど、
これらを金額に換算すれば、600万程度では足りないのかと思います。
4000万円かもしれませんし、1億かもしれません。

そういった変化を自在にお越してくださるのが神社の神様です。
が、神様の好みと気分により、はじかれる人が多い。

それゆえ、(ごく一部を除いて)皆に優しい「伏見稲荷大社」への参拝が良いのです。

下調べの上、礼節を持ってお好きに(ご祈祷の有無・稲荷山への登拝など)ご参拝・ご祈祷を受けるようにして下さい。
その日のことをよーーーーーーーーく覚えておくと、後に「あの日を境に人生が確かに変わった!」となっているかと思います。

その時は再度、「神恩感謝」の願意でのご祈祷・ご参拝をどうぞ。

まとめ+追記

  • 人は生まれながらに神社の神様に「設計図」のようなものを与えられ、導かれている
  • 常時導かれているわけではなく、随時導かれているが、「設計図=テーマ」は常にその人の在り方を導いている
  • テーマを元にした鑑定は日本において神気界と、あと1~2箇所の霊能者占い鑑定所しか行えないらしいので、気になる方は神気界に鑑定のご依頼をどうぞ。
     ちなみに「あなたの完全な設計書・説明書」というプランを「ご料金について」に増やしました。どうしても全てが気になる方は、ぜひご依頼を。
  • 神社に参拝すると、参拝時のその人の姿を神様が見て、正しく設計図が働いているのか・良い方向に行っているのか・間違った方向に行っていないかを見直して頂ける上、新たなお導きも賜われるかもしれない。
  • 神社の神様は人を導いて下さる存在ですが、導く義務はなくその時の神様の意思次第になる。
     だからこそ敬意を持って正しく参拝すべきである。
  • 神社参拝により、その神社の神様自体には導かれない場合も多い。ただ、「設計図」を作成してくださった神様に参拝者の情報が行き、そこで導かれる場合はある。
  • 一応、敬意を欠かすことなく一途に参拝し続け、一生お参りし続ける意思があれば、どのような神社のどのような神様でも、よほど好みではない限りは導いて下さると思って良い。
  • 「敬意」のみを条件として、大抵の人をもれなく導いて下さる神社こそが「伏見稲荷大社」である。
  • 神社にお参りした日をよーーーーーーーーーーーく覚えておくと、後から思い返した時に「神の導きの存在を知ることができる」
  • 一生一度はお伊勢参りへどうぞ。お伊勢参りは外宮から。

後記

今回は霊能者として、ネット上では完全に秘匿していた話を書きました次第です。(鑑定では2年も3年も前からお伝えし続けている話ですが)

神社神道の大神様達により意外にも人は導かれていますし、また意外にも、とてつもない軌道修正をされています。

私の以前からの友人なんかは、一緒に伏見稲荷大社に参拝した後に家の近くで「狐」(ちゃんとした生きている本物の狐)を見て以降、超スピードで結婚・妊娠・出産・新築一戸建て購入・転職収入アップで大成功・子育てと両立リモートワーク、というルートへ爆進していきました。

何を思って何のために参拝しているか分からない、きっと何も変わらないけどいいから参拝しておく、という方が悲しいかな世の中には多いのだと思いますが、

敬意をもって参拝してきちんとお願いすれば、あるいはし続ければ、奇跡が起こるからこそ参拝していく、という、明確な確信を持ってご参拝いただきたいところです。
参拝して変わらないはずがない、ぐらいの認識でご参拝されるのがよろしいかと思います。ただし、頭も心もしっかり下げて、ですね。

私は、皆さんの現実を変えるためにこの霊能者という仕事を行っています。
それゆえ、当然ながら現実的な話をベースに鑑定を行っています。
その中で最も分かりにくい話なのですが、神社神道も仏閣もご先祖様も現実です。

現実にいらっしゃって、我々を導き、助け、お救い下さいます。
全てのスピリチュアルな話の中で、私はそれ以上の話はないと思うのです。逆に、それ以外は一切の無知識でいいとさえ考えています。

「神・仏・先祖は現実」と。これ以外のスピリチュアルや占いやその他諸々の知識は不必要です。むしろ、無いほうが人生に迷いがなく、豊かになるように思えるほどです。

本記事は、当方の今までのブログの中では秘匿度1位の情報に関する記事にあたります。

大切にお読みいただければ幸いです。

神気界 泉 皇導 < https://www.sinkikai.com/ >

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