霊能者による解説「業と徳」

神気界 皇導です。


私の今回お話する内容は、おおよそ一般的なものではありませんが、
霊的存在にお伺いした事実であると、まずは言っておきます。


それと、世の中には「絶対法則」のようなものがありまして、それは「水が上から下に流れるもの」というのと変わらない、
絶対的に、誰に対しても必ず当てはまる物事の事を言います。
本記事は、その絶対法則に触れるものとなります。


◆業とは、徳とは
仏教では特に身,口,意が行なった行為ならびにその行為が存続して果報をもたらす力という意味に用いられる。(-ブリタニカ国際大百科事典 引用)
要するに「生きる上での動作・発言・思考が、プラスの物事ならプラスの報いを、マイナスの事ならマイナスの報いを生み出す」という仏教的な思想です。


例えて言えば、人を褒めれば自分が褒められるように、人をよく思えば自分がよく思われるように、人をよく支えれば自分がよく支えられるように、
逆として、人をけなせば自分がけなしめられるように、人を裏切れば裏切られ、人を悪く思えば悪く思われ、人を悪い状態に叩き込めば自分が悪い状態に叩き込まれる、
というような、「因果応報」「等価交換」な法則の事を、業と呼びます。


良い結果を生む良い行いを善業、悪い結果を生む悪い行いを悪業と仏教的には更に細分化するのですが、
私は良いものを「徳」、悪しきものを「業」と呼んでおります。


この徳と業というのは、「貯蓄(徳)」と「負債(業)」に例えることができます。
また、その貯蓄と負債は、現実の貯蓄と負債とは違い、常にプラスマイナスゼロに向かいたい性質を持っています。
例えれば、輪ゴムを切って一本線にし、横にピンと伸ばしたものを下に指で押せば上へ戻る力を持つし、
上に指で押せば下へ戻る力を持つ、というイメージです。常に負債も貯蓄もない状態に戻りたい性質を持ちます。


◆業・徳の発生メカニズムと、業と徳に関しての実例
良い行いによって徳を発生させれば、良い行いが自分に返ってきます。
悪い行いによって業を発生させれば、悪い行いが自分に返ってきます。


実際それだけなのですが、これは「一族・血筋」による一連の中での話になります。
本人が善人だとしても、ご先祖様が悪ばかりでは、本人に悪い行いが降り注ぎます。
本人が悪人だとしても、逆にご先祖様が善人ばかりだとすれば、本人に良い行いが降り注ぎます。


お爺さんが通行人の頭を叩いたなら、孫である本人が通行人に頭を叩かれるような事が起こりえます。
よくあるパターンであれば、集団を苦しめて支配していたご先祖様が居て、その子孫に集団に苦しめられる人間が出る、
というケースはあります。


-10ポイントの行いを100人に行っていた先祖Aさんが居たとすれば、子孫Bさんは10人からそれぞれ-100の行いを受ける、というものはよくあります。
前者の先祖Aさんは-1000の負債を積んだ人と言えますし、後者の子孫Bさんは-1000の負債を返済した人と言えます。
業の解消というのは、そのような形式で行われるケースが大変に多いです。


あるいは、様々なケースがありますが、
あまりにも負債が多い場合は、不遇な人生を約束された子供が生まれる事での解消、というのも有ります。
人の努力を一生涯叩き落としてきたご先祖様が居て、子孫が一切の努力が報われず、失墜し続けるような人生を送るというケースもあります。
また、業が下限のボーダーラインを越えた場合、血筋の終わりをもってそれらが解消されるケースもあります。


逆に徳のケースであれば、
お爺さんが困っている人に頻繁によく接していたなら、孫である本人が困っている時に頻繁に誰かが助けに入ってくれるようになる、という形式になります。
人間関係で、それらの「助け役」がそもそも自然に配置されていたりもします。(逆もまた真なり、ですが)
例のような良いご先祖様に恵まれていれば、良い役回りをあなたのためにして下さる友人知人が必ず居るはずです。


そして同じく、+10の行いを100人に行っていたご先祖さんCが居たとすれば、子孫Dさんは10人からそれぞれ+100の行いを受けたりもします。
徳・業は単なる負債ではなく「タグ付け」もしくは「カテゴリー分け」がされているものなので、
金銭的な助けを生んだのであれば金銭的な助けを得、労力的な助けを与えたなら労力的な助けを得、以下、精神的な~、縁談の~、困難を救い~、と続きます。
知る限りの範囲で、主に出生時の名字と同じご先祖様が「何をどのようにしてきたどんな人なのか」を聞けば、
自分に結果としてどのような傾向が生まれているかを考えると、符合するものは出てくるのかと思います。


私であれば、ご先祖様は人を導く立ち位置の方が多かった事がありまして、人に導かれる立場であった事が多くありました。
今、人を導く立場として救われて報われている事もまた、ご先祖様の徳の賜物であったに違いありません。


◆業の解消
さて、業と徳が「絶対法則」である事はご理解できたかと思います。
単純な話、これらをコントロールする事が出来れば、あなた本人や子孫が災いから逃れ、良い巡り合わせを享受する事ができます。


業というマイナスを持っている場合、プラスの行いで相殺する事が可能です。
人に理不尽な先祖が居た、私は人に理不尽を受ける、というような自覚がある場合は、
あなた自身が業の解消のために動かされているケースに他なりません。
そうであれば、「意味不明に人によく接する人」にあなたが変わった場合、その理不尽は相殺されるでしょう。


友人知人・近隣住人に対して、与えられないのに与え続ける、突拍子もなくごちそうする、
そこまで仲が良くないのにお土産を持っていったり、御祝いを与えたりする、褒めるところがあればとりあえず褒めちぎる、
手伝いが出来る事を見つければ手伝いを申し出る、そのようなご自身に変われば、
ご先祖様の「理由なき行動・言動(理不尽)カテゴリーの業」をあなたが「理由なき行動・言動(意味不明)カテゴリーの徳」をぶつけて相殺する事ができ、
また、そのような行動と言動を習慣化するのであれば、さらなる理不尽をあなたが受ける事は無くなり、
絶対法則はあなたの「理由なき徳」での解消が行われ、負債が消失する事を期待するようになるでしょう。


業が何か分からず、何を行って良いのか分からないがとにかく自分はなぜか不遇だと感じるのでしたら、
私までご依頼を頂戴できれば、そこら辺はお話しする事はできます。


◆徳を積む方法
徳を持っている場合、自動的にそのプラスを享受する事ができます。
そのため、意図して徳を大きく消費しようというのは無理がありますが、
徳を大きく抱えているという事は「得るべき幸福の総量が人よりも多い」事に他なりません。
そのため、徳を更に積みあげる事が、更なる幸福へと繋がる事となります。


徳を積み上げる方法は、大きく分けて2つあります。


一つは、社会貢献です。「人間は社会的動物であり、全体に対して貢献するべき生き物である」というのもまた、絶対法則のひとつです。
これは主に仕事をしていればかなう話ですが、その中で、自分ひとりの働きによって、100人が幸せになるのか、1000人が幸せになるのか、
それによっても社会貢献度というのは変わってきますので、よりプラスの影響力が高い仕事を選ぶと、徳を積む事にはなります。


例えば徳の高い職種は、医師・弁護士・看護師・お見合いなどの仲人・会社経営者(善であれば)・社会福祉系の運営側・学校教師・資金援助団体運営などです。
これらは、その人一人が居なければ人の生死が変わり、子供が未来に一人生まれる生まれないを決め、経営する会社の社員やサービスを受けるユーザーの幸福度を良くし、
社会福祉系であればサービスを受ける人やその家族の幸福度を大きく変え、教師であれば良い教育をほどこし良い人を作り良い未来を作る事ができ、
資金援助団体であれば人や企業の未来を創り出す事ができます。


一人の人間が全体に対して大きな(多数の人数でなくとも、より強く大きい)良い影響を与えるのであれば、
それは高い社会貢献度の行いをしていると言えます。


これらの職種に該当しない方が世の中は99%以上だと思いますので、
その場合は、より良い影響をより強く、より多い人数に対して行う事を意識し、悪いと言われるような行いを控える事で、
爆発的に徳を積み上げる事ができるものと思います。


また、今更ながらですが、徳を積むのは「対身内以外」に対してのみです。業も同じです。
身内に行ったことは必ず自分に返ってくるため、業や徳の法則内では計算外です。
そのため、企業や法人で人に施すことが最も望ましいやり方となります。


企業に所属していなくても、人に良く施してあげる事によって、徳を積み上げる事にはなります。
友人知人、隣人に対しての良き行いや言動や施し、助けを行うことが徳に繋がります。
何かしてあげられるタイミングで何かをしてあげるだけしてあげられれば、それで徳は積み上がり、
本人や子孫に対しての貯蓄と変化していきます。


また、いわゆるボランティア団体でボランティア活動をする事で徳が積まれるとは言いません。
あれは、施させて頂く事自体が本人達への利益になる計算なので、実は徳積みに該当しない場合が多いのです。
また、寄付であれば別です。寄付をした分の何かが返ってくるのかと言えば、せいぜい感謝状程度です。
100万円寄付したとして、価値としては1万円分だけも返ってきません。だからこそ、徳に変わります。


二つ目の徳を積み上げる方法は、善の人である事です。
良い言動、良い行動、良い働き、良い姿であり続け、それを活かすことです。
これに関しては詳細は書きませんが、善であれ、という事です。


◆徳の用途
徳の用途はありとあらゆるものになります。
いわゆる「運」に変換され、不思議と良い巡り合わせを受ける事や、
人から施され、良い行為や言動が行われる事も代表格です。
他には、「子供の天性の素質や人生の流れ」にも大きく消費されます。
徳の高い家には、特別な素質や人生の流れを持った子供が生まれるケースが多いのです。
その素質は「徳のカテゴリー」の話も多少関わりがありますが、何とも言えない特別なものになります。


あとは「死ぬべきはずの事故にあって無傷」というケースや、「災いを未然に防ぐ」というケースにも消費されます。
仕事の成功に消費されるケースももちろん有りますし、まとめると「具体的な幸福をもたらせる源泉」こそが、徳なのです。


ゆえに、あって困るようなものではありません。
じゃんじゃん積みましょう。


また、ここだけの話ですが、業は墓参りに行かなくても絶対に接続されるものですが、
徳に関しては、墓参りに行くと、ご先祖様たちと本人達の間でポイント移行のような現象が起こり、
人生において、これからの時期に使用できるポイントが増えます。
ゆえに、「墓参りに行ったら開運する」というケースも多々存在するかと思います。



◆まとめ
霊能者による解説「業と徳」ですが、いかがでしたでしょうか。
よく鑑定でお話しする事柄でもありましたので、筆を執った次第です。
世の中は「因果応報」「等価交換」で出来ています。
昔から、「親の因果が子に報う」と言われています。これは「親のした悪業の報いが罪もない子に現れる。親の罰ばちは子にあたる。」という意味だそうですが、
実際問題、それらが存在しており、またその逆も真なりです。
自分の行いが自分に良きも悪きも返る、親の行いが自分に良きも悪きも返る、というのはよくある事です。
悪いものが返ってきているな、と感じたら、ぜひご相談を。
一応抜け穴的に解消できる方法は、世の中にはいくつかございますので、そのようなお話をさせて頂ければと思います。



皇導