霊能者視点での「お墓参り」について

皇導です。


皆さんはお墓参りには行かれていますでしょうか。
あまり墓参りに行っていないと祟られるのでは、という懸念で先日当方にメールが来まして、
そのようなことはございません、というコメントをつらつらとその方に返信するよりは、
この場を借りてコラムとして書いてしまおう、という意図での記事です。


◆墓参りについて
日本では、古来よりほぼ全ての人が神社仏閣を参拝しつつ、
墓参りを欠かさず行っていく事が行われております。


墓には基本的には(土葬など例外もありますが)、ご先祖さまの遺骨が入っており、
その墓石にご先祖様の霊が(あの世に居ながらも)宿っていらっしゃる、という認識が一般的です。


「よく分からんが大事らしいし、よく分からんが行っている」というのが多くの方の感想と思いますが、
意味も意義も多大に有るものだとこの場を借りてお伝えしたい次第です。


◆なぜ墓参りをするのか
自分が死んでから、誰からも忘れ去られたらどうしましょう。
これは怖いことです。死が、ある種の「無」に変わってしまうことを意味します。
ご先祖様からしたら、「自分が必死に」血筋や姓(名字)を残したのに、
それを誰も知らない、という悲しさを持つことになります。


先祖代々の墓をまつることは、そこに眠る全員を、意味のある人生だったとして癒やす行いになり、
良い行いになります。


自分が死んでから居ないものとして扱われて、
「何も出来ていないし、何も成せていない、何も残せなかった人生だった」
として扱われたくないのでしたら、墓参りは行うべきでしょう。


墓参りが”二十年単位で”行われなかった場合、ご先祖様は、
「何も出来ていないし、何も成せていない、何も残せなかった人生だった」という心情になります。
ただ顔を見せただけで、それらは癒やされるのです。


◆ご先祖様視点での墓参り
ご先祖さまからすると、墓参りに生前の家族や子孫が来てくれるという事は、
「顔を見て、うんうん頷いて話を聞く」という印象が大きいそうです。


その時にはご先祖様がお参りしている人達に優しい言葉も掛けるそうですが、
耳には聞こえなくても、お参りしている人の心には届いているそうです。
(墓参りをした後に心が埋まったような印象になる人は多いですが、それはこれによるものです。)


これ以上なく良い、慈愛のある対話がそこに行われている、という形式になるそうです。
当然ご先祖様は嬉しいですし、お参りをする人の心には「何か明かりが灯った感触」が得られます。
言葉にできない無駄や空虚を日々に1mmでも感じるのでしたら、
お墓参りをオススメします。
帰る頃には、自分自身に嫌悪感を持つような感覚にはなれないようになっているはずです。


◆ご先祖がキレる(祟る)基準
かなり前に行った、さる鑑定での出来事です。
時効かなと思ってかなりぼやかして書きます。こういった実例があった、という話です。


ご夫婦とお子さん一人のご相談者様がお見えになり、
旦那様が常時、腕がやたらと痛いのが霊的な悪影響ではないのか心配をされており、
それを見て欲しいという鑑定がありました。


腕は夕方になると痛みがピークになり、時には眠れないほどに痛みがある状態になり、
それが十数年続いている、ということでした。


この話は年数が経っている話なので、その時の私は直接原因が霊視で即理解できる訳ではありませんでしたので、
とりあえず何が災いしているのか分からず、お経による除霊と気功的な対処を試みました。


20分ほど掛けて行った結果、痛みは1割~2割まで減ったのですが、
それに安心して「このまま日をまたいでいけば0になるかな」と考えていたのですが、
その後、痛みは9割まで元に戻りました。


原因を探るためにヒアリングしている中で、ご先祖様が怒っているケースに該当する可能性を考え、
墓や墓守(お墓の世話をする人)の話を聞きました。


旦那様いわく「もう20年弱お墓参りには行っていないのと、墓の場所をかなりの高齢の父しか知らない。」とのこと。
私は「要するに、無縁仏(親類縁者も誰も、一切来ないようになった墓)になりかけているじゃないですか!」と言い、
続けて「では今から、私が申し上げることを復唱して下さい。『父に聞いて墓参りに行き、墓の場所を完全に覚え、夫婦でたまには行き、子供の代にお墓をつないでいきます』」と言いました。
そのままご相談者様は「『父に聞いて墓参りに行き、墓の場所を完全に覚え、夫婦でたまには行き、子供の代にお墓をつないでいきます』」と言い、
その後1秒後、「今腕はどうですか?」と聞きましたら、腕の痛みが一切ゼロになり、完治していました。
痛みが一瞬でゼロに、というのは凄い現象ですから、これはやはり疑いようもなくご先祖様の案件でした、ということです。
(今から霊視すると、100%そうですが、当時の私には意味が分からない部分も有りましたので、
 どちらかと言うと現象から把握していたためこういった感想になっています。)


これは現実にあった話であり、妄想でもファンタジーでも創作でもなく事実です。
要するに、「無縁仏になる可能性を嫌った先祖が痛みを出していた」という案件がこれです。


あとは、家に嫁いだお嫁さんが自堕落で気が大きい事で、
プライドが高すぎてどうしようもないぐらいのご先祖さんが大激怒して排除しようとしていたケース等もありましたが、
それは例外として、いわゆる99.4%ぐらいの家にありうるな、という基準に関しては、
上記にある「無縁仏になる可能性まで行けば怒る」というラインです。


このコラムを書く切っ掛けとなったご相談者様の質問
「一年以上墓参りに行っていなかったらご先祖様は祟るのですか?」の回答をこの場をお借りして申し上げますと、
「大抵の場合ありえません。しかし、無縁仏になる可能性がどこかにあれば祟ります。
 また、二十年誰一人来ないという状況を酷に思ったご先祖様が、何か痛みなどを出して、
 お示しをしてくる可能性はありえます。事実、大体はそのような形式でしたが、
 (0.6%の家のケースの)ご先祖様に影響力が強く、資産があり、横柄で、大きく人に見られていた方が居た場合は、
 もっと更に厳しいラインで激怒する場合があり、その場合はケースバイケースというのもありますが、
 誠心誠意お墓参りをした上でなんともならない場合、当方を用いて条件を探っていくべきだと思います。」という回答です。


全員嫁いだ、次の世代につながらない、などの無縁仏になりそうなケースの場合は、
永代供養をご自身の家の宗派のお寺さんでどうぞ。
詳細は当神気界にお聞きしてもよろしいですし、もっと手近な手段では、
近所のお寺さんにお電話でアポを取って相談をする事でしょう。お寺のお坊さんはやはり、スーパースペシャリストです。
墓だ永代供養だ、という際にはまず、うちよりも頼るべき場所かなと思います。
何か出張や依頼がある場合以外は、ほとんどの場合、無料や「(相場はありますが)いくらでもいいお布施を封筒に包んでいけば」良い、という形式です。


◆お供え物の良し悪しや推奨など
◇大推奨
・生前好きだったもの


◇大きな声では言えないが推奨
・アルコール類(生前飲めなくても。仏法では酒は基本NG。酒は知恵のお湯(般若湯)という名前で呼べばオーケー、という解釈もあるが、やはり基本NG。小さな声で酒を用いるのはOK。※ちなみに、お寺にはお酒はお捧げしないように。)
・タバコ(生前やっていた方に、その銘柄のものを火を付けてどうぞ。電子タバコは物凄く吸いづらいそうですが、いけるようです。できれば火を付けるタバコをどうぞ。)


◇その他
・和洋中イタリアンフレンチ、スイーツにデザート、全部食べられます。
・ちなみにマクドナルドをお供えすると、珍味として面白い味と反応する先祖は多いです。
そこらへんは柔軟に対応している様子です。


◇非推奨
・(墓参りの際にのみ)金属の皿でのお供え。陶器・プラ・紙ならOK。(諸事情あるが、食べる時にいわゆる皿ごと食べる感覚になるそうなので、邪魔)
・缶ビールなら、開けないとアルミごと飲む感覚になるそうなので非推奨。ビンならOKです。


◆お墓参りのやり方
ここに書くような特別な作法はありません。
こちらの外部リンクをご参考に行って下さい。割と良い内容になっています。


◆墓へ参る頻度
・年3回は行った方が良い。先祖視点の嬉しさでも、生者にとってのメリット(精神的作用や、心理効果や、霊的な守りを高めるとして)でも。
 それ以上通ってのメリットは無い。
・週に2回は行き過ぎ。先祖自体に依存しているとして危惧させてしまう。長野県の一部地域のように、家の敷地や隣接地に墓が堂々とある場合なら別。お好きに毎日にでもどうぞ。
・2年に1回はある程度の最低ラインだと言える。寂しい先祖が出始めてくるライン。霊的な守りも薄くなるので、非推奨の最低ライン。
・20年に1回は先祖不孝者なので反省して改めるべき。死ねば自分が無縁仏になると感じていた方が良い。そんなことをしていては己に跳ね返ってくるぞ、という話だそうです。


◆本当にお金がない場合の、お墓を建てる代わりのアイデア(かなり非推奨)
現代では先祖や仏教的な作法が軽視されており、「そんなにお金が出せない」として、
墓代をケチる邪悪(霊的存在からするところの邪悪)な家がポンポン出てきていますが、それに関してのアイデアです。
墓代に関してはこちらの外部リンクをどうぞ。分かりやすく書いてありました。
※仏壇代はまあまあケチって良いですが、墓代は無ければ出したほうが良いです。上記のリンクによると総費用50万~100万で建てられるそうなので、そのようにどうぞ。
 立派な必要性はそんなにありませんが、立派な方が嬉しいご先祖様は多くお見えです。
※先祖代々の墓があり、自分や父親が長男であれば建てる必要はありません。
 諸条件は検索や、お寺のお坊さんに電話でアポを取った上で聞いて下さい。


さて、お墓を作るのが諸事情あり無理なのでしたら、いわゆる「永代供養」をすべきです。
永代供養(えいたいくようorえいだいくよう)とは、一度お金を払うと永遠にお経を読み、お供えをし、ご供養をして下さるという権利が購入できる仕組みです。
数万円~二十万円程度で100万年以上お経を読んで供養をして頂ける、というとかなりお安く感じると思うのですが、そうしたシステムがこれです。


通常は、墓じまい(子孫が全員嫁いで、世話ができない等の理由でお墓を終わりにする)などの色々な理由で取られる手段がこれですが、
お金がなくてどうしようもないケースに於いて、借金をするのも怖いという事でしたら、致し方なくこの永代供養を行うと良いかと思います。


非推奨な理由は、永代供養墓に入れられたご先祖様は皆感じてしまう事ですが、
見えない世界では「永代供養に入れられると、二年したら誰も永久にお参りをしに来なくなるから、あれはもう「お参り仕舞いだ」」という説がまかり通っており、
いわゆる「入りたくない棲家」が永代供養になります。


墓が有れば人は忘れないが、寺で一緒くたでおまつりされると、来なくなるのが普通の平成の人間らしいのです。(皆さんもそうですか?)
総じて何%がそうなのかは知りませんが、永代供養墓に入ると大体そうなる、という話らしいので、
この永代供養という手段を取るのであれば、「100%、誓って必ず、1年に1回は絶対に何が有ってもお参りをしていく」と決めて行く事が推奨です。


それであれば、墓よりもお経を読まれる回数が多いのと、尊重されるべき場所に眠ることが出来ますので、
大変良い、という話だそうです。


「より尊重されるべき場所」というのは、ご家庭の宗派の「総本山」です。
多くの家の方は「浄土真宗西本願寺派」か「浄土真宗東本願寺派」ですから、その場合は京都の総本山までお骨を運んでいって下さい。
真言宗でしたら高野山へ、などなど、諸々と総本山さんへどうぞ。


もしくは足繁く通いたいのでしたら、別院(名古屋で浄土真宗東本願寺派でしたら、通称東別院になります。)もしくはその他の地元のお寺さんで、
汚くて経営が危うい雰囲気がするところ以外へどうぞ。
(地元のそこらへんのお寺さんの場合は、寺の存続が永遠ではない可能性があります。基準としては、汚いところは一応は避けて下さい(修繕費が捻出できていない可能性が大ですので)
キレイなところでしたら多分永遠だ!と思ってそちらへどうぞ。)




◆まとめ
いかがでしたでしょうか。
知られざる話が多いのですが、どれだけ行けば(行かなければ)メリット・デメリットが生じるかが分かったと思います。
最後はケースバイケースなので、心配であればご依頼を頂戴できれば、個別のケースのお話はできます。
ご依頼に際して、霊視が必要ない常識の範囲での話で間に合うようでしたら、ぜひ地元のお坊さんを頼って下さい。
総じて、教育を受けて修行をしたエリートが地元のお寺のお坊さんでございますので、頼るようにしていって下さい。


以上です。



皇導